17年7ヶ月と言う月日は長い様でもあり短い様でも有った。生後40日で一才だった母の元を離れ、ふくろうに養子に来たふくすけ。「ふくすけ」と言う名前を言うとある年代の方はにやりとした。きっと足袋の「福助」のイメージが思い出されるからだろう。かつてはフォーマルな装いとして一世を風靡したものである。我が家にやって来た犬に「福助」と言う名前をつけたのは他界した義母であった。僕は福太郎と言う名前を考えていたのだけれど、母の考えた名前を聞いて二つ返事で賛成をした。それからふくすけはふくろうの看板犬として毎日を元気に過ごした。ふくすけは自分が認めた人間以外には体を触らせなかった。いつも一緒にいる僕でさえ意味無く触ると鼻に皺を寄せてけん制した。
ふくろうにやって来たその日には、車山からブランシュ鷹山スキー場の稜線を散歩した。大きな岩の上をおなかを擦りながら一生懸命について来た福助を今でも思い出す。それからの日々は毎回2時間以上の散歩をした。蓼科山への往復はふくの定番だったし、少し足を延して、赤岳から硫黄岳まで歩いたりした。北岳、谷川岳、八甲田、十勝、大雪と色々な山へ連れ回し、いつも一緒に行動した。胸の筋肉は隆々として跳躍力は群を抜いていた。座っている僕の頭の上を跳び越すなどは朝飯前だった。ある時北八ヶ岳の雨池で雪を投げるとジャンプして遊ぶ福助を撮ってくれた会員のY田さんの写真がコンテストに入賞し、ふくすけは美味しいおやつにありつけたのだった。
八甲田に行った時、僕が酔ってしつこく絡むのを激怒して、僕の左の親指を爪の根元から噛み切った事も有った。指は再生医療のおかげですくすくと育ち、指の先に痺れは有るものの今では完治したのである。痺れているくらいが熱い物を持つのに丁度良い事もある。酒は飲みすぎるなと諌めてくれたのだ。それからは一升酒はなるべく控えるようになった。
ふくろうに来てくれる会員の人たちの間では、とりあえず福助を散歩出来るかどうかが感心事になった。首にリードを着けるのもびくびくものであったからである。しかしふくすけは散歩に出かける時に噛み付くような事はしなかった。散歩から帰ってきて満足そうに尻尾を動かしている福助の頭をなでて「パックッ!」っとやられた人はだいぶいたような気がする。それでもいつも来る仲間には親愛の情を表していたし、顔をくちゃくちゃに触れる人も出て来て、「そんな風に触れて良いナー」などと話をして皆で盛り上がったりしていた。
仕事の電話もふくすけはよく聞いていた。「分りました、これからそちらに行きます」などと話をしているといつの間にか僕の足元を離れて玄関前で伏せをして尻尾を振っていた。これでは一緒に連れてゆかない訳には行かないのであった。
15歳を過ぎた辺りから運動量は少し減った気がしたが、こちらの体力に合わせてくれたのかもしれない。一日も欠かさず散歩にエネルギーを費やして来たので筋骨は相変わらず盛り上がって、毛艶はピカピカだった。16歳になって心臓への負担を考え、大きな山は行かないようにした。それでも毎回2時間近い散歩は欠かさなかった。若い時の貯金のおかげで歳を取った犬に有りがちな腰砕けは17歳を過ぎるまで無く、かつての動きと比べればヨタヨタでは有ったが元気に散歩を楽しんだ。
11月の初旬、東京の家に戻り僕が用事で出掛けた空きに、目や鼻の弱ったふくは台所のたたきに落ちてしまいお腹をコンクリートに押し付けたまま上にあがれなかった。しばらくは冷えたお腹の具合が悪い状態が続いたが、回復し、また元気になった。中旬には風邪を引いたのか42度の熱を出し3日間徹夜で看病をした。東京で駆け込んだ医者の薬が良く効いて、ヨタヨタながらまた歩けるようになったが、その頃から食事や水は仲間が送ってくれた注射器で口の横からほぼ2時間ごとに流し込む状態になった。12月に入るとスキー教室や仲間とのミーティングでスキー場に出る事が多くなる事を予想して九州の仲間が2週間福助の面倒を見に来てくれた。17キロ有った体重も12キロまで減っていった。
正月を迎え、福助は体の居所が無いかのように横になったまま動き回った。抱いていると安心して眠りに入るので、仕事はほとんど手が着かない状態になった。1月2日の深夜11時頃ふくすけに添い寝をし、頭や体を撫でていた。日が変わった3日、0時半頃呼吸が弱くなり40分には呼吸が止まってしまった。家族や仲間に看取られ、0時45分に脈が落ち旅立ってしまった。



17年7ヶ月と言う月日は長い様でもあり短い様でも有った。ふくすけと一緒の日々は本当に幸せだった。僕は君のおかげで人への優しさとは何かを学んだのだ。もう散々泣いたのに、この文を打っていても涙が溢れてしょうがない。今はただ感謝の気持ちで一杯である。思えば今年の冬は仕事をキャンセルしてふくすけと向き合うつもりだった。でもふくすけは自分の事は良いからこの冬も頑張れよと言わんばかりに先に逝ってしまった。ふくすけの愛したふくろうのためにもこの冬もいやもう少し頑張ってみようか。合掌
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