三ツ峠
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冬には欠かせない山荘の暖房は薪ストーブが主体です。譲っていただける薪が有ればトラックをリースして運びに行きます。多くはストーブを前提に切り揃っている訳では無いので、下見に出掛けて木の大きさや、道幅を見たり、現場の土壌の硬さを見たりと準備が必要です。今回も2回程下見をして4トンユニック一台分と見積もりました。現場の道は車の幅いっぱいの所も有る。場所は千葉県流山市。山荘からだと片道250キロ弱か。前夜からトラックをリースして朝2時出発。中央道から首都高速へ入るので朝6時までには都内を抜けたい。幸い首都高速は空いていて、6時半には現場に到着した。すぐに積みこみの準備に入る。玉掛けからクレーン操作まで一人でやるので時間がかかる。荷台に上ったり降りたりの繰り返しだ。概ね2トン半を積み終えるまでに5時間近くかかった。風は有るけど熱い!11時半、「さあコースケ君山荘に帰るよ」コースケはトラックの助手席で不思議そうに作業を見ていた。帰りは外環道から関越道、さらに上信越道東部湯の丸ICまで飛ばす。16時半山荘着。2トンユンボでも負けてしまうくらい大きなものはクレーンで下ろすが、木の枝が邪魔をしてアームを目一杯伸ばせず、苦労して大きな木を下ろす。残るはユンボでOK。大きな山が出来たその木の直径をはかると、小さいものでも30センチ、最大で80センチのとてつもなく大きな樫や欅や楢の木であった。おそらくは樹高も30mは有ったであろう。高圧線下で危険と言う事で切り倒されたとの事。君たちは死して暖をなすのだ。産業廃棄物として埋められてしまう木はそれなりに地面の栄養になるのかも知れないけれど、きょう山荘に来た君たちは多くの人の心や体を温めてくれる。切る時も運ぶ時も積みあげる時も部屋に入れる時も何回も体を温めてくれる。最後にはストーブの中で赤い炎となって、バーボンを片手に火を見つめる人たちの心に話しかけてくれるのだ。トラックを返して山荘に戻ったのは20時を回っていた18時間労働の対価は冬を暖かく過ごせること。この位なんでも無い。疲れた体にバーボンが沁みて行く。グビッ!
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今日から5月。東京での用事を済ませて30日山荘へ戻る。早速庭のタラの木を見ると蕾はまだまだ固かった。ホッとした。この連休で気温が上がると芽が出て来る様な感じである。連休はたくさんの山菜採りの人が山に入るのだろうな~。冬が終わると庭や周辺は木の枝や霜で荒らされ冬の終わった寂しさを感じる。タイヤも12本交換。これから掃除と片づけにしばらく時間を使う事にしよう。連休明けからまた滑りに行くために道具も整備しなくては…。
21日は荒天で停滞したけれど、今日も風が強く雲の流れが速い。時折白銀荘周辺もホワイトアウトになる。二つの大きな低気圧の為に南風が入っているようです。ホワイトアウトの中を滑ると上下左右のバランス感覚が無くなり知らない間に雪面が顔の近くに有る。風も強かったので取りあえず森林限界の一段目まで行って判断する事にして出発。途中雨に遭いながら一段目に着くと相変わらず風と雨が止まないので、きょうはきっぱりとあきらめ、樹林の中で雪洞を作る練習をしました。雪洞堀は道具の優劣がはっきり出るけれど、重量との関係でどこまで大きなスコップを持参するかは自分と相談です。今回はスコップのみで作りましたが、スノーソーも有ると効率が上がります。縦走しながらの雪洞ではスノーソーは持参した方が良いかも知れません。
昨夜吹き荒れた暴風雨も23日朝にはかなり弱まって遠くに青空も見えている。まだ風も強くガスもかかるけど山頂へ向け出発。二段目を過ぎて廊下に入る頃には完全にホワイトアウト。GPSでチェックすると頂上まで610メートルと出た。地形の記憶を頼りに進むとほどなくして山頂への稜線に着きました。山頂まで2時間10分でした。下りはガスの合間を縫って一気に下りました。
24日今回の北海道日程で最後のツアー日です。荒天で図らずも白銀荘に3泊してしまいましたが、今日は天気が良いのですっきりと三段山を登ろうと言う事になり、9時10分白銀荘前を出発。天気が良いとピッチもはかどり1時間55分で山頂着。下りはノートラックの沢を滑りこみビデオ撮影を楽しみながら快適に一段目へ。ツリーランを楽しみ過ぎて白銀荘の露天風呂の下まで滑ってしまい道路に下りて車まで歩いて戻りまし
た。
旭川に入った日に秀岳荘に行き店員の田村さんを訪ねました。彼もまたTAJ公認指導員で東京の会社を辞め今は北海道に来て、秀岳荘に就職した方です。「今年のこの周辺の山は雪有りますか?」と僕。「有りますよ!一定の標高以上は問題なく滑れます」と言う元気な返事が返って来た。良かった、せっかく春ツアー北海道が初めての川上さんと来たのに雪が無かったらつまらないな~と思っていたのでした。生きた情報は有りがたい。毎日美味しいものを食べているだけでは能が無いし…。
その後の旭岳や北大雪スキー場周辺はたっぷりと雪が有ったので気持ちもルンルンでした。三段山に移動をする日になり北海道に来て初めて悪天候に遭いました。ものすごい風と時折吹きつける雨が走っている車を揺らします。上富良野で買い出しをして、吹き上げ温泉目指して上に登る事にしました。到着すると吹上温泉駐車場では車から出るのも嫌になるほどの風になっていました。しかも低気圧はこれから北海道に来ると天気予報で言っているではないですか。「明日は停滞だな。一日何をしようか考えましょう」などと言いながら一杯また一杯と杯を重ねる我々でした。
結局21日は暴風雨が吹き荒れ停滞になりました。「折角だ、富良野にオムカレーを食べに行きましょう」川上さんを誘って富良野の山香食堂にオムカレーを食べに行きました。ここの食堂は何を食べてもボリューム満点。愛想良し。味良し。値段良し。と三拍子も四拍子も揃った食堂なのです。加えて畳の間に上がると昔懐かしいカセットデッキ付きのシステムコンポーネントが置いて有るし、どことなく昭和の香りが漂っている何から何まで懐かしい食堂なのです。富良野も含めて道内では8か所でカレーによる町おこしをしているそうだ。題して「C8」。北海道に来るとHBCラジオを良く聞いている。ここのお店もHBCラジオの「カーナビラジオ午後一番」と言う番組の取材の放送を聞いて知ったのです。美味いです。800円は安い。地産地消ですべてが新鮮。しぼりたての牛乳まで付いている。川上さんの満足顔を見て僕も満足顔になりました。
明日は天気が少しは回復するのかな…。
19日に旭岳登山後、一杯飲むために旭川道の駅に車を置いてタクシーで寿司屋へ向かいました。6条に有る小西寿司。新鮮なネタと安い料金、付け出しのニシンの煮物も美味かった。きょう20日は、北大雪スキー場で細板革靴でたっぷり滑ろうと言う計画です。ピーカンの天候の中、のんびりと支度をしました。この北大雪スキー場は、数年前に東京の企業が買いとり、リフト二本で営業をしています。しかもリフトは昔懐かしい「カタカタ」と音のするシングルリフトです。一本が1000mが縦に二本通っています。そのまま滑って来ても2キロのダウンヒル。下のリフトは傾斜が緩いので、上のリフトを何回も繰り返し練習しました。特に上部に有るこぶが手ごわい。川上さんはすいすい下りてゆくけれど、僕は何回も休む。雪質はやや重のざらめ。自衛隊の人達がカンピンスキーでうまく滑るのを見て思わず見入ってしまいました。カンピンって「官品」と書くのだそうです。なるほど納得。しかしこのカンピンは足首の浅い革靴を革ベルトで止めただけの不安定なものです。自衛隊の皆さんは我々の様に遊びでスキーをやるわけでは無く、歩く、登る、滑る、走る
(ほふく前進も有るのだろうか??)などなど滑る以外に国土を守るための道具としての使い方が大切になって来るのでしょう。それにしても今回出会った5人の自衛官の方々はものすごくお上手でした。特に教官は不安定な道具を全く感じさせずに滑って来られる。「自分の細革は安定した道具なんだな」と反省しきりなのでした。カンピンがちょっとだけ欲し
くな
ってしまいました。
4月18日は天気もいまいちで移動日にはうってつけの日になりました。おまけに高速は千円。ニセコを発った僕たちは余市や旭川市内を寄り道して美味しいものをたらふく食べて明日の英気を養いました。翌朝、大雪山湧水で朝食を済ませ、9時のロープウェイで姿見の池に到着。シールを付けて裾合平側から旭岳の山頂を目指しました。いつもは下りに使う左下がりの斜面を巻くように登って行きます。昨春歩いた中岳温泉から間宮岳の稜線がどんどん下になって行きます。標高2000メートルを過ぎた辺りで雪面が硬くなったのでアイゼンを装着しさらに山頂を目指しました。地獄谷へのドロップポイントから下を見るとかなり硬そうなごつごつ斜面が見えました。「きょうはここを下りない方が良いな」そんな事を考えながらさらに登るとほどなく山頂に着きました。反対側から上って来た人が5人ほどいました。時折ホワイトアウトになる山頂で小休止後すぐに反対側へ下り始め、少し降りたら板を着けようと思いましたが、雪が少なく火山礫があちこちで露出していて、結局板を付ける事が出来たのはかなり下ってからの事になりました。雪はごつごつと硬く波打ち、時折風でパックされた雪が交じるような斜面でした。けっして快適では無い斜面を滑り終え、盤の沢のぼそぼそ
斜面を下り、ロープウェイ乗り場に着きました。時間も有るのでもう一本盤の沢を滑り、白樺荘の温泉に身を沈めたのでした。
月山研修会が終わり、「山の家かわかみ」の川上さんとコースケの二人と一匹は一路北海道へと向かいました。早朝の函館に着いたのは4月15日午前6時20分。毎回そうする様にさっそく函館市営の「谷地頭温泉」へ。立待岬のすぐ近くに湧くこの温泉は赤茶色をした鉄分を含んだ湯で、源泉の温度64度と高く、フェリーから降りた寝不足気味の体にはすっきりとして気持が良くなります。朝食を朝市で済まして一路ニセコへ。道すがら大沼公園の団子を食べ、森駅のいかめしを食べながら、お腹の空く間もない旅が始まりました。黒松内道の駅のソフトクリームを食べ、ニセコの近くに有る薬師温泉の炭酸の泡で一息付き、ニセコ道の駅で「イメージワークス」と言うテレマークスキースクールと「ゆうが」と言う川下りガイドをしている森田幸一郎さんと落ち合い夜の宴会へ出掛けました。森田さんの奥さんと「スノーディーヴァ」の上原あずささんと5人で清水商店が経営する「次郎長」と言う店で楽しい再会を果たしました。
翌16日はグランヒラフでアルペンをやり17日はチセヌプリスキー場から歩いてヴィーナスの丘方面に遊びに行きました。ヴィーナスの丘からの滑降はシーズンでも一回有るかどうかと言うフィルムクラストの素晴らしい斜面を滑りました。青空ジンギスカンで腹を満たし楽しいツアーをツリーランで締めくくりました。もちろん締めは温泉です。きょうは国民宿舎「雪秩父」の露天風呂でリラックス。二晩お世話になった森田夫妻と別れてTAJ普及本部長の江川宅へと向かいました。久々の
再会にまたまた盛り
上がり 、お腹の空かない旅が続きます。
4月13日、14日、TAJ指導員研修会の月山会場へ参加して来ました。普及本部主催の研修会は今年度は、ニセコグランヒラフ、ブランシュたかやまに続いて3回目です。今回のテーマはバックカントリー(BC)。参加指導員のほとんどがプロとしてお客様をBCへご案内する仕事についている方々です。BC部長の白田氏が講師となり二日間にわたってレスキュー関連の技術について研修を行いましたが、和気あいあいの中にも実践で身につけたそれぞれの技術を披露したりと真剣そのものの研修会になりました。雪の少ない今年ですが、そこは月山と有って講習には十分な積雪でした。二日目は天気が下り坂と有って、小雨混じりの中、雪上講習は昼で切り上げ、午後はTAJに関する意見を述べあったり、相互の意見交換会を開きました。各指導員のテレマークスキーに対する
熱い
思いを改めて感じ
た研修会
でした。
山荘に遊びに来てくれた会員の方と善光寺へ出掛けた。5日からご開帳が始まる前日。参道には相変わらず多くの参拝者が行き交う。上野の西郷像や皇居前の楠象の作者である高村光雲が制作した仁王像が立つ門をくぐると、何やら人ごみが。ご開帳の前日、ちょうど前立本尊様が遷座式の為に大勧進から出て来るところだった。雨の中大きな厨子が屈強とは言えない人々に担がれてゆっくりと本堂に向かって行く。
多くの参拝者が見守る中、本堂に吸い込まれて行った。これから遷座の法要を行い、高さ10メートルの回向柱には前立本尊様の右手から伸びる金糸が結ばれ、柱に触れる人々にお慈悲を伝えてくれると言う事です。五月の連休が明けたら回向柱に触りに行く事にします。御開帳に関するHPはこちら。
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